2016年夏(36回)スタディツアー感想文
6)久保田さん(東京 社会人 男性)
1 知って、向き合う
 「女の子はいらないか? 12才だ」インドのある村を歩いているときに男からそう声をかけられた。

 インドを旅行していると売春の話題によく接し、女性たちがどのような境遇で至ったのか、どのような気持ちでいるのか次第に考えるようになっていった。 特に、少女の場合は大人から売春を強要され孤立した状況に置かれているのではないかと思うと、あのとき「12才の少女」に会い、せめて寄り添うべきだったのではないかとの後悔をし続けていた。いつか同じ境遇の“彼女”に会い、向き合いたいと思っていた。

 今回ツアーに参加させていただき、当事者と会い、この問題の最前線の現場に立ち会うことができ、ようやく向き合うきっかけを得ることができた。

 特に、カトマンズ郊外にあるホスピスを訪問し、女性たちと直接会い、ビーズアクセサリーの検品作業を一緒にすることで、彼女たちを身近に感じることができたことはよい経験だった。 ホスピスには、インド帰還者で精神疾患を患った人、HIVウイルス感染者、障がいのために遺棄された人などが入所しており、近年は精神疾患者が多いという。 だまされてインドへ連れてこられ、オーナーの商売道具・奴隷として1日何十回何年もの間客に「強姦」され続けて、精神に異常を来たさないほうが稀であろう。 彼女らはそれぞれどのような物語をもっているのだろうか。

続き
 また、マイティ・ネパール本部施設内で配布用のお菓子の袋詰め作業を一緒にした内戦孤児や貧困家庭の女の子たち、子どもの保護施設で会った乳児を含めた子どもたち、 ヘタウダのプリベンション・キャンプで会った周辺村から来た女性たちは素晴らしい笑顔をしてくれ、みんな素直で純粋できれいなものを心にもっていると感じた。 そのような子たちが奴隷として客に「強姦」され続けるということがあってはならないと強く思った。

 インドとの国境沿いの町であるビールガンジにあるトランジット・ホームでは所長からお話をうかがった。 ここでの越境監視で2015年は疑わしい女性の越境を185名食い止めたという。 ホームには、人身売買被害者のほかに、レイプ被害者、男性から捨てられた女性なども匿っているとのことで、訪問した際も修行僧にレイプされ妊娠した13歳の女子、 男に捨てられたムスリム女性、親からの結婚強要から逃れてきた女性が匿われていた。 同地域は少女に対する性虐待も多いという。女性を軽視する意識がさまざまな問題の原因の1つになっているように思う。 所長からお話を聞いた後に、国境で警察とともに監視をしている元被害者にも会うことができ、現場の最前線に立ち会うことができた。

 当事者に会い、また、この問題に正面から向き合い、彼女たちのために尽力している支援者を見て勇気づけられ、自分も力を出さなければならないと感じた。

 ツアーにご同行いただいた長谷川まり子様、石川重美様はじめラリグラス・ジャパンのスタッフの皆さまに大変お世話になり感謝申し上げるとともに、 ツアーで一緒になった参加者皆さまと一緒に楽しい時間を過ごせたことに感謝申し上げたい(帰国してからピクニックでの女装した自分の写真を見て、気持ち悪くて直視できませんでした)。

2 人身取引・児童買春の根絶
 現地で当事者に会い、目の前の彼女らに対して力になりたいと思うとともに、これ以上被害を出してはいけないと強く思った。そもそもなぜ毎年7000人といわれる少女がインドへ売られて売春を強要される状況が現在も続いているのか、この状況を終わらせることはできないのだろうか。

 問題の構造としては、インドで“ネパール少女の売春”という「需要」があり、「需要」に応えるべくネパール側から「供給」されるという取引構造がある。問題の根本的な解決には、「供給」「需要」双方に対する抑止が必要だ(なお、以下に述べることは本ツアーと2,3の文献資料で知った知識による現段階の拙い疑問、考え、感想であることをご容赦願いたい)。

(1)「供給」側
ア 被害者
 被害者は、地方村の少女が多かったが、近年は都市部にいる少女も多くなってきたとのことだ。それら少女が「働き口があるから紹介する」「縁談がある」と言われてだまされるのが手口であるようだ。

 とすれば対策としては、①働き口を満たしてだまされる原因を排除する→収入確保政策、②だまされないようにする→啓蒙活動が考えられる。 ただ、現在のネパールの状況で十分な現金収入を得るのは当面困難だから、対策の要は②啓蒙活動になるのではないだろうか。

 この点、マイティ・ネパールではすでにアウェアネス活動を各地方で行っており、 また今回、マクワンプール郡警察署長から、同地域内において学校と連携して「意識改革プログラム」を実施しているとのことをお聞きした (マイティ・ネパール、警察のそれぞれの啓蒙内容・規模・方法についてもっと知りたいところだ)。おそらく、他団体や他地域の警察でも啓蒙活動は行っているのであろう。

 啓蒙実施の規模としては、これまで未実施の地域へも普及し、かつ、地域内でより密に実施していく必要があるだろう。 全国的に学校教育そのものに啓蒙活動を取り入れるなどの徹底が必要ではないだろうか。

 啓蒙内容については、啓蒙活動を実施した成果が上がっているかを検証する必要があるだろう。 実施した地域からの被害者は出ていないか、出ているとすれば内容や規模・方法にどのような欠陥があるのか、ブラッシュアップを重ねる必要がある。

 啓蒙内容に関しては、日本の消費者被害や「オレオレ詐欺」に対する取り組みが参考になるのではないか。 日本でもこれだけ注意喚起がされているにもかかわらず被害数は一向に減っていない。詐欺被害の情報を知っていても「自分のことではない」と思うようだ。 したがって、劇や芝居などで情報提供するだけでは足りず、双方向型のコミュニケーションを通して自分の問題であることを気づかせる工夫が必要といわれている。 また、「オレオレ詐欺」対策と同じように、被害対象者本人のみではなく、家族ぐるみ・村ぐるみで注意喚起していく面的な啓蒙が必要になってくると思われる。 その意味で、学校内で生徒に対してだけ啓蒙するのは足りないだろう。

 帰国後、写真家石川梵氏から、氏の現地友人らによるゴルカ地方での啓蒙活動により同地域からの被害者はいなくなったとの情報をいただいた。 啓蒙活動間での情報共有は当然すでに行っていると思うが、このような成功例を共有し、それぞれの活動内容や規模・方法をレベルアップしていくことも必要と思われる。

 しかし、いずれにせよ、NGOでは実施規模に限界がある。地方行政・学校・警察という網羅的に地域住民への働き掛けをするすでにあるソースを活用すべきであり、国の積極的な政策が必要不可欠だ。

イ 加害者
 少女を売買する関係者は、連れ去り者→周旋者→斡旋業者→売春宿オーナーで、連れ去り者は少女の知人や親戚、軽犯罪者などが多いという。
 彼らとしては、少女売買は儲かる、つまり「リスクよりも得られる利益が多い」と考えているから行うはずである。そうであれば対策としては、 ①別の道で儲けさせる→収入確保政策、②リスクがあることをわからせる→刑事責任・民事責任を課すことによる予防、が考えられる。①は上記同様なので、②が対策の中心となろう。

(ア)刑事責任による予防・抑止
 この点、刑事責任については、1986年制定の人身売買禁止法があり、同法は人身売買目的の国外・国内へ連れ去ることを処罰対象としている(親告罪。同法の他の罰条は不明)。 しかし、先のマクワンプール郡警察署長の話によると、2015年の同地域での起訴数は3件、直近3年間で7件であるという。 全体の潜在的な被害数・逮捕数を聞き忘れたが、同地域が被害多発地域であり、上記の越境防止件数からして起訴数は少なすぎるように思う。

 その理由について、同署長は、①人身売買目的であることを立証できないこと(「出稼ぎで連れていく」と言われれば反証できない)、②被害者がはっきりしないこと、はっきり証言できないこと、を挙げられた。 人身取引目的で連行しても起訴されないのであれば行為者にとってリスクはないのと同じであり、潜在的な犯罪者に対する抑止(一般予防)にもならないし、犯罪者自身の再犯防止(特別予防)にもならない。 手口を覚え、起訴されないことを知った犯罪者は必ず再犯を犯すだろう。

 犯罪行為に対する刑罰による抑止機能がまったくといっていいほど働いていないことが、人身売買問題がいまだに継続していることの大きな要因であるように思う。 刑事法制の早急な改善であるし、親告罪であることによる訴追手続の進め方や捜査方法など運用においても改善が必要のようだ。

 例えば、①については、上記の「人身売買目的の連行」という犯罪に該当しなくとも、他の罪状で処罰できないのだろうか。 日本の刑法には、未成年拐取罪や国外移送目的拐取罪などがあり、未成年の越境連行であれば人身売買目的を立証できなくとも別罪で起訴はできる (カンボジアで国連人身取引議定書の批准後に改正された人身売買禁止法にも未成年連行罪・越境移送目的連行罪があり、同様である)。別罪での起訴可能性がないのであれば早急に立法すべきだ。

 また、被害者からの刑事告訴を促すべく、被害者に対する国家からの補償制度を構築し、刑事告訴・捜査協力・加害者の有罪認定を獲得した場合には上乗せで補償を受けられるものとすることも考えられる。

(イ)民事責任を課すことによる抑止と損害填補
 加害者に損害賠償責任を課すことも制裁・抑止と被害者の損害填補の観点から重要だ。しかし、被害者による損害賠償訴訟の提起について聴取しなかったが、おそらく皆無だろう。 そもそも立証の問題、加害者不明の場合があるだろうし、加害者自身に経済的余裕がない以上勝訴しても金銭は獲得できない。

 妙案は浮かばないが、例えば、刑事訴訟とリンクさせ、捜査を警察にしてもらうことで被害者の立証負担を軽減させるとともに、加害者の有罪判決の後、没収財産に対する被害者の優先権を認める (カンボジアの人身売買禁止法は認めている)、労役による収入を被害者に填補する、などの制度は考えられないだろうか。 また、国民を保護すべき責任のある国家に対し、事態を放置していることを理由に国家賠償訴訟は考えられないだろうか。

(ウ)行政による監督・登録制
 ネパールにおいては現実的ではないかもしれないが、職業斡旋業を登録制にし、行政の監督下に置くことで無登録による斡旋自体を処罰し、 また、登録業者以外からは就職紹介を受けないように周知徹底することも方法としては考えられる。

(2)「需要」側
 インドでの「需要」は、「ネパール」「少女」の「買春」を求める人々がいる。「需要」側の取り組みは、刑事法制による抑止が基本になろう。 買春が現状で継続している以上、結果的に抑止効果が上がっていないのであるから、漏れのない罰条の制定、取締り・捜査の強化、汚職の厳罰化がよりいっそう必要なのだろう。

 しかし、いくら法制を整備し捜査を強化したとしても、薬物犯罪と同様、買春という「需要」はなくならず、単に地下活動化するだけのようにも思える。よい考えは浮かばない。

(3)小括
 現状に対する対処療法も当然必要であるが、現行制度・運用では問題は解決しない以上、問題の根絶に対しては問題を生み出している構造に対する制度的対応が必要である。 啓蒙活動の制度整備、刑事・民事法制の整備、被害者の補償制度の整備などの制度枠組みの整備とともに、警察等による制度運用の強化をしなければ問題の根本的な解決はできないと思われる。

 そして、制度整備・運用の強化はすべて国の役割だ。これまでも被害者・支援者が尽力され、それでもネパール政府が動かないのは理解しているつもりだが、国を動かさない以上問題は解決しないから、 諦めずに今以上の働きかけをする必要があるだろう。いっそう広く社会運動を展開し、国民の意識を変え、国の意識を変えることが必要だ。

 社会運動の方法として、日本で近年成果を上げている「政策形成訴訟」は検討できないだろうか。 「政策形成訴訟」とは、ある問題について政府の政策を変更させることを目的とした訴訟と運動で、単に勝訴を獲得することだけではなく、政治への働きかけを通じて,政府に政策を変更させ、 あらたな政策を獲得することを目的とした社会運動であり、中国残留孤児訴訟、原爆認定集団訴訟、薬害C型肝炎訴訟などで、実際に政策の変更・構築を勝ち取っている (訴訟と運動をつなげる手法は、私の事務所では「大衆的裁判闘争」と言ってきたが)。

 基本的には国を相手とする訴訟であるが、国家賠償訴訟だけではなく、刑事告訴をする場合にも1人ひとりでは難しい面もあるだろうから、 「政策形成訴訟」を応用して被害者が集団で訴訟を提起し、社会運動を作り上げていくということも考えてみる価値はあると思う。

 いずれにしろ、問題をもっと深く理解し、背景にあるネパールの法制度や社会構造も知ったうえで、考えられる解決への道筋のなかで、自分にできることを考え、何らかの形で関わっていきたい。
以上
〈参考文献〉
1) ABCネパール:ネパールの少女買春 女性NGOからのレポート, 明石書店, 1996.
2) 長谷川まり子:少女売買 インドに売られたネパールの少女たち, 光文社知恵の森文庫, 2014.


Copyright (C) Laligurans Japan